今から八年ほど前のことです。我が家には幼稚園に通う、年長の娘と年少の息子がおりました。
12月に入ってまもなく、私たち夫婦は
「今年はサンタさんにどんなお願いをするの?」と尋ねました。
「ぼくはガオレンジャーのロボットをもらうんだ!」「わたしはキッズコンピュータがほしいの」と口々に答える彼ら。
私たちはイヴの夜、眠りについた子ども達の枕元におもちゃを置いて、
翌朝、彼らがそれを見つけて遊ぶことによって、豊かな心を育みたいと考えていたのです。
子ども達にとっては待ち遠しい数週間が過ぎ、ついにその日がやってきました。
なかなか寝付けない彼らも「早く寝ないとサンタさんが来ないよ!」の一言で眠りについていきます。
そして翌朝。彼らは枕元を見て大騒ぎ!「サンタさんがきた~!」。
早速、おもちゃを確認してまた大騒ぎ。いつものクリスマスの風景がこのまま続くと信じていました。
ところが…、娘に贈った「キッズコンピュータ」が故障していたのです。電源を押してもスイッチが入りません。
娘は何度も電源を入れ続け、そしてついにぽろぽろと涙をこぼし始めたのです。
「ねぇ、わたしがわるいこだったから…、おもちゃ、こわれているの?」
「そんなことはない!サンタさんは世界中のお家を一晩で回っているんだ。だから壊れてるかどうか確認する暇がなかったんだよ。
もう一度お願いしてみようじゃないか。ひょっとしたら、またサンタさんが来てくれるかもしれないよ」
私は泣きじゃくる娘にそう伝えるのがやっとでした。
このとき、落胆の渦中にいる私達には、その日の夜に起こる幸せな出来事を想像することなどできませんでした。
私達は娘にわからないように、開店時刻を待っておもちゃ屋さんに電話をかけました。
「お忙しい時期にすみません。先日購入したおもちゃが壊れておりまして…」
すると責任者の方がいわれました。
「ああ、それはメーカーの責任になります。製造元のお客様相談センターに直接ご連絡してください」
私達は釈然としないままに「わかりました」と答え、お客様相談センターに連絡しました。
ところが、話し中でつながらないのです。三十分程の間隔で何度もかけました。結局、夕方まで一度もつながりませんでした。
娘は泣き続けていました。
私は、藁にもすがる想いで再度おもちゃ屋さんに電話をいれました。先ほどの責任者の方に状況を相談してみようと思ったのです。
「すみません、センターにつながらないのです」
「何度もお伝えしますが、それはメーカー側の責任なのです」
不毛なやり取りが続くと感じた私は、あきらめました。そして最後にこう伝えたのです。
「ありがとうございました。あきらめます。ただ、最後にひとつだけ知っておいていただきたいことがあります。
私があなたのお店で買ったもの、それはおもちゃではないということです。
本当はあるはずのないサンタの国が子ども達の心にだけあります。
おもちゃを願い、いい子にしていようと誓い、やがてその日がやってくる。
彼らは枕元に置かれたおもちゃを見つけ、『ああ、サンタのくには、ほんとうにあるんだ!』と喜び、
心を躍らせながらそのおもちゃで遊ぶ。私はその夢と感動にお金を払いました。
だから、今日という日にそのおもちゃで子ども達が遊べること、それがどれほど大切なことであるか。
それだけはわかってやってください。何度もお電話してすみませんでした」
そういって電話を切ろうとしたときでした。
「ちょっと待ってください」
今までだまって私のお話を聞いてくださっていたその方が突然そういわれたのです。
「私に少し時間をいただけますか?」
意外な言葉に私は驚きました。そして彼は続けてこうおっしゃいました。
「お買い上げいただいたキッズコンピュータは人気商品で、うちの店に在庫がないのです。
でも、他店には余っているところがあるかもしれません。それを探す時間を私にいただけますか?」
驚いた私はとっさに、
「もちろんです!どうぞよろしくお願いいたします」と答えました。
その瞬間からひたすら待つ時間が始まりました。
冬の夕方は、あっという間に夜の帳に変わります。
一時間、二時間、三時間…結局夜の九時になっても連絡はありませんでした。子ども達をお風呂に入れ、寝かしつける時刻です。
「さぁ、いい子は寝る時間だよ!」
そう言って子ども達に添い寝をしました。泣き疲れた娘はすぐに目を閉じ眠りについてゆきます。
私は内心、(ああ、おもちゃは間に合わなかったな。こんなクリスマスもあるよな)と、自分に言い聞かせていました。
そのときでした。
「ピンポ~ン」。
誰かやってきたのです。私は(ひょっとしたら!)と思い、子ども達には寝るように伝え、表に出ました。
玄関を開けると、そこには待ち焦がれていたおもちゃ店の責任者の方が立っておられました。
しかし、彼を見た私は絶句し、言葉を失ったのです。
なぜなら、彼は全身真っ赤なサンタクロースの服を着ていたのです。
あごには真っ白なひげ…そう、そこにいたのは紛れもなくサンタクロースそのものだったのです。
彼はこう言いました。
「サンタがやってきました!お子さんをお呼びください!」
私は夢中でした。
「早く!起きておいで!」
驚いて起きてきた子ども達がその姿を見たとたん、
「うわ~サンタだ!サンタがやってきた!」
とび跳ねて喜んでいるのです。サンタは娘に新しいおもちゃ渡しながらこう言いました。
「ごめんね。おもちゃが壊れていたんだね。忙しくて確認できなかったんだ。
はい、これはちゃんと動くからね。我慢して待っていてくれたんだね。おりこうさんだね。
この調子でパパやママの言うことをしっかり聞くんだよ。来年もまた来るからね」
娘の満面の笑顔を見て、私はあふれる涙を止められませんでした。
こんな素敵なクレーム対応を受けられるなんて…その夜、我が家には夜遅くまで笑い声が響いていました。
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