今年も終戦記念日、8月15日がやってくる。 年々薄らいでいく戦争の悲劇。
次世代を担う子ども達に、日本が犯した戦争の過ちを、伝え残していかなければ
ならない。
戦争の悲劇を童話にした「かわいそうな象」のお話は、私の子どもの頃には
なかった。半月前、 車のラジオで朗読しているのを聞いて、初めて知ったのです。
第二次世界大戦末期、上野動物園で猛獣が薬殺されたことは知っている。
それが、小学生低学年向けの童話になり、発行部数は220万部を超え、
教科書にも採用されたのです。
♪今、上野動物園には、三頭の象がいます。ずっと前にも、やはり三頭の象が
いました。名前をジョン、トンキー、ワンリーと言いました。
その頃、日本はアメリカと戦争をしていました。戦争がだんだん激しくなって、
東京に爆弾が雨のように、沢山落とされました。
もしも、その爆弾が動物園に落ちたら、 どうなるでしょう。檻が壊されて、
恐ろしい動物たちが町へ暴れ出たら、大変なことになります。
それで、軍隊の命令でライオンも虎も、豹も熊も大蛇も、毒薬を飲ませて殺す
ことにしたのです。
いよいよ三頭の象も殺されることになった。 まずジョンから始めることに
なりました。ジョンは、ジャガイモが大好きでした。
ですから、毒薬を入れたジャガイモを、普通のジャガイモに混ぜて食べさせました。
けれども利口なジョンは、毒薬の入ったジャガイモを、長い鼻で口まで持っていく
のですが、 直ぐにポンポンと投げ返してしまうのです。
仕方なく、毒薬を注射することになりました。馬に使う、とても大きな注射器が
用意されました。
ところが、象の体は皮が厚くて、太い針は、どれもポキボキ折れてしまうのです。
仕方なく、食べる物を一つもやらずにいたら、可哀想にジョンは、17日目に
死にました。
続いて、トンキーとワンリーの番です。この二頭は、いつも可愛い目をした、
心の優しい象たちです。
私たちは、この二頭を何とか助けようと、 遠い仙台の動物園に送ろうと考えました。
けれども、仙台に爆弾が落とされたら、町に象が暴れ出るかもしれません。
やはり、上野動物園で殺すことになりました。
毎日餌をやらない日が続きました。トンキーもワンリーもだんだん痩せ細って、
元気がなくなっていきました。そのうちに、顔はげっそりと痩せ、あの小さな目が
ゴムまりのように飛び出してきました…耳ばかり大きく見える、悲しい姿になった
のです。
今日までどの象も、自分の子どものように可愛がってきた象係は、「あぁ~可哀そうに
…可哀そうに…」と、檻の前行ったり来たり、 うろうろするばかりです。
ある日、トンキーとワンリーがひょろひょろと体を起こして、象係の前に進み出て
きました。互いにぐったりした体を、背中でもたれ合って、 芸当を始めたのです。
ヨロヨロッと後ろ足で立ち上がり、前足を上げて折り曲げました。
続いて、鼻を高く持ち上げ、万歳の姿勢をしました。
衰えなえた体内の力を振り絞って、よろけながら、一生懸命です。
芸当をすれば餌が貰えると思ったのでしょう…。
象係はもう我慢できません…「あぁ~ワンリーや!トンキーや!」と、泣き声を上げて、
餌のある小屋へ飛び込みました。走って、水を運んできました。 餌を抱えてきて、
象の足元にぶちまけました。
「さあ!食べろ!食べろ!飲んでくれ!飲んでおくれ!」と、 象の足に抱きつきました。
私たちはみんな黙って、見ない振りをしていました。園長さんも唇を噛みしめて、
じつと机の上ばかり見つめていました。
象に餌をやってはいけないのです。水をのませてはならないのです。
一日でも長く生きていてくれれば、戦争が終わって助かるのではないかと、
どの人も心の中で、神様に祈っていました。
とうとう、トンキーとワンキーは動けなくなってしまいました。 じっと体を横たえ、
澄んだ美しい目で、動物園の空に流れる雲を見つめている…それが、やっとでした。
こんな姿を見た象係は、もう胸が張り裂けるほど辛くなって、象を見にいく気力も
ありません。 周りの人たちも苦しくなって、象の檻には近づこうとはしませんでした。
遂に、二頭の象は死んでしまいました。どちらも鉄の檻にもたれ、鼻を長く伸ばして、
万歳の芸当をしたまま死んでいました。
「象が死んだぁ~象が死んだ!」…象係が叫びながら、事務所に飛び込んできました…
ゲンコツで机を叩いて泣き伏しました。
私たちは、象の檻に駆けつけました。檻の中に転がり込んで、痩せた象の体にすがり
つきました…頭を揺すりました…足や鼻を撫で回しました。
みんな、おいおい声を上げて泣き出しました。その上を、爆弾を積んだ敵機が、
ゴウゴウと東京の空に攻め寄せて来ました。
どの人も象に抱きついたまま、「戦争をやめろ!戦争をやめてくれ…やめてくれえ」
と叫んでいました。
後になって調べたところ、タライくらいもある大きな胃袋には、一滴の水も入って
いませんでした。
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