今回の歴史に学ぶ経営手法は日本では少しマイナーな人物に学びたいと思います。日本ではマイナーですが、世界的には有名であり、特にフランスでは最も人気のあるローマ皇帝といわれています。ローマ帝国14代皇帝ハドリアヌス。名高いローマ五賢帝の3人目です。
彼の功績を簡単にご紹介しましょう。初代皇帝アウグストゥスによりパクスロマーナ(ローマによる平和)が確立された後も帝国は拡大を続け、ついに13代皇帝トライアヌスの治世にその領土は最大となります。ドイツを除くヨーロッパ全土、北アフリカ、エジプト、トルコ、中東地域にまたがる広大な領土でした。ハドリアヌスは帝国各地をあまねく視察し、先代トライアヌスによる帝国拡大路線を、現実的判断に基づく国境安定化路線へと転換した人物です。
帝位に就いたハドリアヌス最初の仕事は、先代トライアヌスがはじめた中東進攻を、ローマ帝国の名誉を傷つけることなくどのように終えるかでした。
ローマ人は一度始めたことを途中で投げ出すようなことを極度に嫌いました。元老院(当時の内閣)もローマ市民も自分たちが覇権国家であることに確信を持ち、敵地からの撤退というのは選択肢になかったのです。しかし、ハドリアヌスの以前に敵地からの撤退を行った人物がいなかったかといえば、そうではありません。2代皇帝ティベリウスがその人です。ティベリウス帝は初代皇帝アウグストゥスが進攻していた敵地からの撤退を、総司令官とその軍を任地換えすることと、それまでは基地から毎年のように進攻していた軍の人員を軍団基地の防衛に回すことで実現しました。ハドリアヌスも似たような方法で臨んだのです。
中東から引き上げた軍団は首都ローマまでのそれぞれ通り道にあたる駐屯基地に置いてくる感じで異動を行いました。2代皇帝ティベリウスとちがったのは、将軍達の処遇でした。ティベリウス帝は任地換えになった総司令官以下の将軍たちを新任地に同行させましたが、ハドリアヌスはそれをしませんでした。ハドリアヌスの本音は、この将軍たちの事実上の引退への道を開くことにあり、実際そうしたのです。
「政治は非情なもの」それを直視しないかぎり、万人の幸せを目標にすえた政治はできません。そして、政治を行うには必要不可欠である権力も、それを行使するには権力基盤が堅固であることが先決します。権力の基盤が確立していないと、権力の行使も一貫して行えないからです。先代トライアヌス時代からの有力者であり権利行使の妨げとなりそうな人物にはもれなく引退してもらったのです。
会社組織でも、赤字部門からの撤退において具体的な手法は人事異動です。撤退は断腸の思いで忍びがたいものがありますが、正しい判断のひとつです。人員を移動させてソフトランディングを図るのが現実的でしょう。
組織とは、それ自体はいかに良くつくられていても、その機能を決めるのは人間です。ハドリアヌスは、人事に非常な神経を払っています。
国境前線の地域を担当する総督を任命する際、力量があると認めたものを、いったんは軍務責任者から解任して首都ローマに帰し、皇帝推薦で法務官僚の役職を経験させた後で再び前線に戻す方法を取っています。国境前線の総督となれば、軍事だけでなく民事を含めた責任者です。軍事のみしか知らない人は、軍事の十全な遂行者にもなれません。そして平時には、秩序を守るほうが組織は機能することをハドリアヌスはよく知っていました。彼は地域の総督を任命するに当たり、すべての人物に均質化された軍事能力と法務能力を求めたのでした。
ハドリアヌスは後代の歴史家から「機能と効率の信奉者であり、天才的なオーガナイザー(組織者・形成体)」と呼ばれることとなります。
機能と効率の信奉者ならば、組織づくりの重要性は、言われなくてもわかっていたのでしょう。首都に滞在したたった2年の間に、内閣改造が進められ、皇帝が不在でも内閣は完璧に機能するように組織固めも終えていたのでした。
その後ハドリアヌスは、ローマ帝国各地の視察巡行に出発します。この現地視察の巡行こそが彼の才能が花開く舞台になるのでした。
ハドリアヌスによって、軍の再編成が行われます。ローマ軍は、主戦力である軍団兵(レジョナリス)と、それを補助するのが任務の補助兵(アウジリアリス)に分かれていました。現地民を組織したのが補助部隊ですが、それは同じ部族出身の兵隊たちで構成され、指揮官にもその部族の長の一族がつくのが習わしになっていました。これを現地民で構成される補助部隊でも、数多くの部族出身者の混成になるように変えたのです。さらに、ヌメルスという、言うなればパートタイムの兵士制度を導入しました。
これにより、補助兵が同じ部族出身者で固めるシステムであったときに比べ、反乱を起こしづらくなったとともに、貧困が導火線になりがちな、反乱の火種を消すことにも役立ったのです。
地域責任者である総督の例もそうですが、ハドリアヌスは『守るための組織は均質に』という基本を軍隊にも忠実に実行していくわけです。余談ですが、『攻めるための組織は同質に』というのもあります。これはまた別の機会にご紹介しましょう。
さらにハドリアヌスは軍務オペレーションにおいても再構築を進めます。ハドリアヌス以前は各軍団基地ごとに食料や、武器の調達を行っていました。しかし在庫が増えすぎると、食料はカビがはえたり腐ったりして使えなくなり、武器のほうも錆びついてしまいます。
これを嫌ったハドリアヌスは、軍団基地と、兵糧と、そしてこの両者を結ぶ補給路の組織化を一段と進めさせました。流通さえ保証されれば、余分なものまで溜め込む必要はないという考えです。その成果は、基地内の在庫を必要最小限に抑えることになってあらわれました。
現在トヨタで行われているJUST IN TIME方式が、これとまったく同じ仕組みであることは多くの方が気づかれることでしょう。
このようにして、ハドリアヌスは帝国内の各地をめぐりながら順次再編を行っていきます。ハドリアヌスの問題解決に共通して見られるのは組織の責任体系を明確化するということです。組織の機能の向上を求めるならば、責任の所在が明らかにしておくことが先決するからです。
ハドリアヌスは同時代人から「疲れを知らない働き者」と評されることとなるのですが、機会も時間も無駄にしない働きぶりは苦行のようでもあったことでしょう。それを表しながら、微笑を誘うエピソードが残っています。
視察に同行した詩人フロフスが皇帝にこのような歌を披露しました。
「皇帝にはなりたくないものよ
ブリタニア人の間をほっつき歩き (ブリタニア:現在のイギリス)
辺境の地をさ迷い
スキュティアの極寒に肌を刺されるから」 (スキュティア:現在のウクライナ)
ハドリアヌスは即座にこう返したそうです。
「フロフスにはなりたくないものよ
安酒場をほっつき歩き
酒樽の間をさ迷い
丸々と肥えた蚊に肌を刺されるから」
組織作りは簡単なことではありません。時間もかかります。しかしスリムで効率的なオペレーションが確立された組織は大きな強みになります。籐間事務所では組織作りを支援いたします。組織を強くする!そう決断するのは他の誰でもありません。この記事を最後まで読んでいただいたあなたなのです!
参考文献:ローマ人の物語 賢帝の世紀
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